実を結ぶ人生とは?
木や草の多くは、種の入った実を結んで子孫を残します。その中には、人のために美味しい果物を実らせる果樹もあります。果物の中にも、美味しいものも、美味しくないものもありますね。(^_^;
聖書は、よく、私たち人間を、木などの植物にたとえています。
ヨハネ15章で、イエスキリストは、ご自分がまことの葡萄の木で、私たちがその枝であると言っています。私たち人間が、イエスキリストを信じて、その愛の中にとどまるなら、私たちは豊かな実を結ぶというのです。
私たち、という木から(私たちの口や、態度、行動から)は、本物の愛、喜び平安、下心のない親切、確かな希望、力を与える励まし、問題を解決する知恵、、、などの良い実が結ばれているでしょうか。まわりの人々は、それを食べて美味しいと思ってくれているでしょうか???もし、良い木と悪い木があるなら、皆さんはどちらの木になりたいですか?美味しい実を結びたいですか?(私は結びたいです!)
イエスは、このような、本物の、美味しい、甘い、実を結ぶ方法は、イエスキリストという木に留まることだと言われました。ヨハネ15章に、そのことが詳しく書かれています。イエスキリストにとどまる、とは、実際には、どういうことでしょうか。この箇所を読んで、どう思われますか?